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子供たちの審査会

 いよいよ審査会が始まりますね。 毎回の事なんですが審査前の稽古では、子供たちにとって私は(鬼のように厳しい先生)に変貌します。(笑) とは言え、最近は子供たちも負けてません。(笑) 真剣な眼差しでしっかり付いて来て、時には私の方がタジタジになったりしています。(笑) 感心の毎日です。 保護者の皆様のご理解、ご協力もありきですし、本当に有難い事です。 よく審査前にこんな事を聞きます。 「今度の審査、自分は合格できる!と思う人、手を上げて!」 以前では、数名が自信タップリに手を上げてましたが、今では、誰一人手を上げる子は居ません。 勿論、先生にダメ出しされたからとか(そんな事はしませんが笑)、注意されたからとか?そんな理由ではありません。 (今の自分に納得できない。)自分からそう思っているようです。 指導員の中には、(たかが昇級審査でしょ。)とか、(合気道を続けてもらうために、昇級がモチベーションアップになる。)とか、正直な所、そんな事を平気で言われる方々も居ます。 ですので、簡単に上手くできるよう審査のハードルを下げてしまう。 とんでもない事なんですね。 私にとっては昇級審査だからこそ、難関続きの「大きな壁」であるべきだと思っています。 ですので、個人個人の状況を見定めてですが、少し難易度の高い動きも教えますし、時には合気道五段以上の、所謂、高段者が使う技も教えます。 「できなくて当たり前」と言われたらそうなのですが、難関に果敢に挑む事の大切さもそうですし、合気道の技の完成度なんぞ、しっかり続ければ後から付いて来ますので、今はとにかく、(今の自分に納得できない。)からの、(もっともっと上手くなりたい。)の繰り返しから、合気道の楽しさを自ら発見して欲しいと願っています。 昇級審査は、毎回恒例の習い事の行事にしてしまうのではなく、主役である子供たちにとっては、緊張と不安と期待の入り混じった一大行事ですので、人生において後々記憶に残る大切な1ページになるように、我々指導員は努めなければいけません。 自分の目の前に立ちはだかった大きな壁は、乗り越えれば、自分を守ってくれる頑丈な盾に、きっとなってくれます。

人生観と精神力

 オリンピックの話題が沸騰中ですよね。 実は私も、バルセロナ・オリンピックの柔道女子48キロ級トレーナーとして参加していたのですが、当時のアスリートの世界では完全なる実力主義でしたので、それはもう皆が必死でしたし、送り出すこちらも気を緩める事なんぞ全然できませんし、(どうしたらこの選手がもっと強くなれるのか?)と、四六時中そんな事で頭がいっぱいでした。(笑) しかも、故障(怪我)が厄介でして、捻挫をしているにも関わらず、私に隠して(練習を休もうとはしない。)からの(気が付いた私は止める。)そんな内輪での戦いもありました。(苦笑) 例えば、メジャーリーグなど特にアメリカなどでは選手として成績を残せばロングスパンですし、少しでも異常があれば先々を見越して「速!ストップ!」を掛けれますが、オリンピックの選手にとっては一生の内に数回しかなく、下手すれば1回しか果たせない、しかも、「金メダル」と言う遥か高き山頂を目指さなければいけません。 状況に応じてテーピングで固めて練習メニューを工夫したりとか、(本人が悔いなく納得出来るまで練習させてあげたい。)×(ベストコンディションを保たせてあげい。)そんな両立も難しいのがプロの世界でもあります。 では、合気道の稽古はどうなの?となりますが、私のとってはオリンピックのアスリートでも、少年部の教え子でも教える事は同じなので、(どうしたらこの子は上達するだろう?)と、結局はそればっかりです。(笑) ただし違うのは、試合がある武道やスポーツでは、当然ながら本人は必死ですし、周りが全面協力ですので、ある意味こちらも明確な指針は立てやすいですが、合気道の場合は本人達のヤル気で大きく変わります。 (何となくな?習い事の1ページ。)にしてしまうのか(自分の人生の糧。)にするかは本人次第なんですね。 (子供だからそこまで考えてないでしょ・・・。)と、きっと思う人も居るかも知れませんね。 ところが何を何を、こちらがビックリしてしまい関心してしまう程、超本気で稽古に来る子も実際に居ます。 実は合気道の場合、子供たちの方が純粋な故に、(本気で合気道を学びたい。)数値は下手をすると、健康の為や運動不足解消などが目的な大人では比べ物になりません。 そんな子の気持ちを全力で答えてあげる事が本来の指導員の務めですし、例えば、マイナスの予兆から遠ざけたり、そ...

強靭な精神力

 毎年恒例の演武会も無事終わりました。 子供たちにとって大事な行事ですので、当日までの稽古で怪我とか体調不良とか、それだけは無いようにハラハラしながらの毎日でした。(笑) 今回も個人の級レベルは無視して、各々のやりたい技や状況を見て、技の完成度よりチャレンジ精神で難易度も高い技などに挑ませました。 結果は、何を何を!思った以上の出来でした! 何より子供たちの清々しい(楽しみながら)の演武が、緊張の中にも表情にも出ていましたし、時には上手くできなくて悔しがっていて、それこそ【向上心】の現れもありますので、そんな子供たちを見ていると(ああ・・・良かった・・・。)と本当に安堵しております。 稽古中でも子供たちの表情を必ず見ています。 (一生懸命やろうとしているか?嫌々やっていないか?飽きていないか?)などなど。 武道の道場ですので遊びにしてもいけませんし、されど押し付けのような一方的な指導でもいけません。 勿論、集中していなかったり、ふざけたりしていたら(油断は怪我の基)とも言いますし、それに一生懸命稽古をしている他の子供の為にも心を鬼にして厳しく叱ります。(苦笑) そんな難しい創意工夫をフル回転しながらの指導です。 しかし、これがまったく苦にもならず、逆に私も子供たちから学ぶ事も多々あります。 そんな子供たちにはいつも感謝しております。 ところで、つい先日、合気道の全日本大会のために東京へ行ってきました。 東京在住で合気道をされている夫婦の方が居られるのですが、東京遠征の際、ありがたい事にガイドを務めてくださいました。 奥様が地元出身の方で、帰省の際は、ご夫婦揃ってこちらの道場にも来てくださります。 旦那さんが東京の道場で私と同じように少年部の指導をされているそうで、こちらの少年部の稽古を実際に見ていただき共感してくださり、私に色々とアドバイスを求めてきたり、奥様は「子供たちが初対面の私たちに、元気な声で「こんばんは!」と挨拶してくれて感激しました!」と大絶賛してくれたりと、「いやいや・・・汗」と言いつつも私の顔も緩みっぱなしでした。(笑) 人の良いと思った部分を素直に認める事。 とても良い事ですよね。 合気道に関連付けて話しますと、相手を認めれない。=向かってくる相手を拒絶してしまえば、合気道にはならない。 例えるならば、「硬い物(否定的)と、硬い物(否定的)...

Season3に突入いたしました!

 Season3て何?と思いますよね(笑) 何故、Season(シーズン)の言い回しにしたのかですが、子供たちに対し、今風に取っつき易くしました。(笑) このブログを以前より見て頂いた保護者の皆様でしたら、お分かりかと思いますが、ザックリまとめますと、こんな感じでステップアップさせるような独特な指導をしています。 Season1 受け身の徹底 正座や話を聞く集中力、(姿勢) Season2 技の基礎 体位の転換・体裁き(技をする時の動きです。) 所作・構え・感謝の心 Season3 技の多様性 合気道の本質 稽古への心構え・礼節 普通、稽古では色々と説明しながら(Season1~3)を一遍に教えたがる指導者が合気道では実は結構居ます。 それは学校で言う「詰め込み教育」みたいなものでして、結局は指導者側の自己の一方的な考え方でしかないと私は思っています。 同じ指導員として色々と教えたがるのも分からなくもありませんが、特に子供たちには一つ一つ階段を上がるように、段階を経て教えて行くのが最善ですし、そうしなければ頭が混乱して結局は飽きてしまうんですね。 ですので、多分、私の指導方法は独特ですし、これが正しいとか他が違うとか言う訳では無く、私にはこのやり方しかできません。(笑) 以前にも書きましたが、あくまで子供たち第一と思っています。 とは言え、やはり武道の道場ですので、「ゆとり教育」と言う訳にもいきません。 全ての子供たちにリスペクトしてもらえるのは難しいですが、諦めず上手に工夫して子供たちと向き合い、根気強く進めて行くしかありません。 前回の審査で子供たちを見て、多分、(同じ動きを繰り返しているだけ。)とか、(技が少ない)とか?高段者目線だと、きっとこう思うはずです。 ですが、私はそうは思いません。 (よくぞここまで成長してくれた。)と嬉しく見ていました。 ここからです。 次のステップに行っても良い時期、これがSeason3に突入!と言う意味なんですね。 保護者の皆様には、子供たちを出会わせてくれて本当に感謝していますし、そして、懸命に稽古に来てくれる子供たちにも感謝でしかありません。 合気道から学べるものは、子供たちが成長する先々に心の糧となり、必ず自分の大きな味方になってくれます。 子供たちにも日頃から言っていますが、私の持っている知識や技を全て惜しみなく...

大切な言葉と今年の抱負。

  頭は低く、目は高く、口を慎んで、心を広く、孝を原点として他を益する。 これは私の恩師が残されたお言葉です。 人生にも精通する大切な教えだと思っています。 稽古中、子供たちに順序立てて伝えて行くつもりです。 頭は低く。 (何事にも謙虚に振舞いなさい。) 目は高く。 (されど、志や目標 は高く持ちなさい。) 口を慎んで。 (どんなに辛くても苦しくても、決して弱音を吐かない。) 心を広く。 (心優し人になりなさい。) 孝を原点として 他を益する。 (お父さんお母さんに孝行し、全ての人を大切に扱いなさい。) (世の為人の為に役立つ人になりなさい。) 今は元気に健やかに育って欲しい事が前提ですので、いつか子供たちが成長し、困難や壁を目の前にしたら、こんな言葉があったと思い出してくれればと思います。 乗り越える打破するひとつのヒントとなり、そして乗り越えれれば、その困難や壁が、必ず自分を守ってくれる【盾】に変わってくれます。 子供たちを見ていると、個々の個性が才華してきている子が見受けられます。 特に、身体能力が高くなってきている子供が居ますが、注意点としては成長期の筋力などが追い付かず、故障(怪我)をし易い傾向もあります。 これは、例えば(頭の回転が速い人が字を書くと、指先が追い付かず汚い字になる。)などに類似しています。 安易に怪我を配慮して止めてしまえば、本人の一生懸命やろうとする気持ちを削いでしまいます。 解決策も勿論ありますのでご安心ください。 礼節については、道場内では完成しつつあります。 新しく入会した子供たちのお手本になる子供が増えてきました。 今では、大人顔負けの冷静で落ち着いた子供も居ます。 本当に喜ばしい事です。 遊びと稽古、メリハリを付けれる事は、将来きっと自分の役に立ってくれます。 稽古に関しては、「受け身は取ってもらうのではなく、受け身は取らせるもの。」 (私は投げる人、あなたは受ける人。) これは、お互いの約束で行われる形式でしかありません。 緊張感の無い馴れ合いの稽古は、何の役にも立ちません。 お互いが切磋琢磨できるように、合気道から得られるリアルを教えて行こうと思います。 大切な我が子を預けてくださるご両親に感謝し、我が道場に来てくれる子供たちにも感謝し、私の出来る事を全て伝え、必ずや(稽古に来て良かった。)と思われるように精進する...

稽古をする姿勢

 少年部では小学校1年生から6年生、中学生、時には高校生と幅広く稽古に来ます。 特に今期は、過去に成しえなかった中学校入学後の継続稽古も大きく増えました。 実は、合気道あるあるなのですが、中学生になると部活もありますし、テスト勉強やその他諸々と大変な時期ですし、中学校に入学と同時に合気道から遠ざかる子供が殆どです。 勿論、本人が本当にやりたい事に出会えば、私も心から応援してあげたいですし、その上で稽古を強制する事はできません。 それでも、中学生になっても稽古に来てくれるのは、何かに魅力を感じてくれているのだろうと思いますし、楽しいと思ってくれているのであれば、私も本当に嬉しく良かったと思っています。 「先生~お腹減った~!」とか「眠い~!」とグチを言いながらでも来ます。(笑) 私は「そうかそうか(笑)」と答えるのですが、そんなやり取りも楽しく、子供たちに感謝しています。 今回のブログも、合気道のメリット・デメリット、稽古から得られる効果や特色、新しく入会された保護者の皆さまとも一緒に、今一度、合気道を共有してもらいたい目的で更新しています。 今回のブログも以前と同じような部分があり、既に見られた方には重複するところがあるかも知れませんが、どうかご容赦下さい。 稽古(武道の修行)なのですが、私も、皆さんのお子様と同じように7歳から始めました。 正直、その頃の道場は、昔でしたから相当過酷で厳しく、(何でこんな辛い事をしないといけないんだろう・・・。)と、子供心に感じて渋々通っていた記憶しかありません。(笑) しかし、いつの間にか(楽しい!)と感じる時が必ず来ます。 そこから、(今やっている事をもっと極めたい!)でも、(もっと色々やってみたい!)でも構いません。 これが本当の意味で、自分の分岐点であり、自分の進むべき道となります。 ちなみに、私は最後に選んだのが合気道です。 元々は、合気道をしていた姉の進めでもありましたが、理由はプロフィールにも書いていますが、合気道は本当に面白い武道です。 悪い意味の面白いではなく、やり方次第で大きく変化し体術の幅も広がりました。 合気道は人格形成や社会適合能力にまで大きく影響し、自分をあらゆる面から強化する事を学べる場と言っても大袈裟ではないと思っています。 しかし同時に、そんな成長に利点があるはずの合気道ですが、何故か若手が...

正座と丹田の関わり。

少年部の今月の目標が、「丹田を意識して技をする。」と発表がありました。 ちょっとビックリしました。(笑) 子供たちからそんな発想が出るとは嬉しい誤算でした。 そんな子供たちの要望に応えてあげるのも私の役目ですね。 丹田を意識するには、実は「正座」にも大きく関りがあります。 今の子供たちと言うか、若者達もそうですが、自宅で正座をする習慣が無くなって来ましたよね。 椅子やソファーが支流ですし、確かに快適です。 正座の習慣が無い国などほとんどですし、日本特有の習慣だったと思います。 しかし、現代の若者達は昔に比べて正座をすることが少なくなり、その影響でしょうか?スタイルが他国のアジア系のようにスラッとした細身に変わってきたように思えます。 良いようにも思えますが、同時に、猫背や片方の肩の下がった直立でない姿勢の若者も増えているようにも感じます。 では、そんな現代では薄れてきた日本特有の正座について。 【現代社会において、正座は必要ない?】 これは、 武道を嗜む者に対しては必要だと言えます。 我道場では、多分、私くらいでしょうか正座に対し特に厳しくしているのは。(笑) 確かに、合気道で言いますと、道着・袴で正座をしている姿は、パッと見て美しく感じますよね。 しかし、これは「見た目が良いから。」と言う理由でさせている訳ではないのです。 余談ですが、例え初対面でも、その人の正座姿で、(この人は相当真剣に修行されて来られたんだなぁ・・・。)とか視れますし、逆に、姿勢が整っていないとても正座と言えない人が大人でも居ます。 合気道では、大体は【技が上手い】から、その人は素晴らしいと評価しがちですが、私は、それよりも、その人の正座を視て判断する事が多いです。 ようは、合気道に限らず、武道の稽古・修行の結果から得る熟練度や、そこから得る物は、その人の正座によって現れると言う事です。 しかし、特に今からの成長期を迎えている子供たちに、 根本を間違えた正座の強制は、 長時間しますと足への負担になります。 ただ膝を折り座れば良いではなく、頭の先から爪先まで、実はちゃんとやり方がありますし、少しでも間違えると体に逆効果になりかねません。 ですので、正座を教える側にも正しい知識が必要になり、体に負担を掛けるような間違えた正座はNGなのです。 とは言え、現代によく聞かれる「スマホ病」だったり、猫背も...

子供たちと大人たち。心師。

 子供たちに、よく一般部の話を例に上げる事があります。 「受け身のレベルは子供たちの方が遥かに高い。」 「挨拶や礼儀、素直な姿勢。」 「子供特有の技の柔軟さ。」 一般部に対して子供たちを、「ここは君たちの方がいいよ。」と高評価します。 ですので、当然一般部の大人たちを、時には低評価にしてしまう場合もあります。(笑) 一見、一般稽古に来られる大人たちには、あまり耳心地の宜しくない事ですし、そんな事を平気で言い放つ私も、一般部の大人たちに良く見られないかもしれませんね。(笑) しかし、これにはしっかりとした理由があり、大人と子供、その差をあらゆる視点で子供たちに伝える事は、これからの柔軟で真っ白な子供たちの成長に大きく影響し、上手に使うと子供たちは【理解力】が確実に向上します。 これは、私が学んだ心理学から工夫した手法でして、物事を大人特有の体裁や妥協などから切り離し、現状をハッキリと伝え「良い事」「悪い事」を濁さず明確にしてあげ、「ではどうすればよいのか?」と子供たち自身に判断させる為に、あえて比較しやすい身近である同じ道場の一般部を引用しています。 これは私自身の自己犠牲を伴いリスクはありますが、これこそが、子供たちにとって最善だと思っています。 では、そんな教え方や子供たちへの接し方について、何故そのようにするのか?になります。 まず大人たちは、物事の比較について、このようなことを子供たちにこう言うはずです。 「他人と比較するのはやめましょう。」 通常はそう言われます。 それは他人と比較して、過信してしまったり、逆に自分を卑下したり、相手を羨ましがったりして自分の心を消耗させてしまう場合があるからです。 「自己肯定感」に関係してきます。 つまり、他人からの評価が良ければ基本的自己肯定感が上がり、確かに「自己肯定感」が高い人は「他人からの評価」という他人軸で生きていて、それによって自己肯定感が上がったり下がったりするわけですから、「いい子」であろうとしてしまいます。 では、「いい子」と評価されなかったら、「ああ、自分はダメだ」「自分は何もできない」などと自己否定をしてしまい、どんどん、「基本的自己肯定感」が低くなり、自信も失くしてしまうでしょう。 ですので通常は他人軸の評価による比較はやめましょうと言えます。 しかし、他人と比較してみてわかることもあります。...

昇級審査

 もうすぐ子供たちの昇級審査です。 審査対象の技は、毎回来ている子供たちは通常稽古にていつも練習していますし、贅沢を言えば、後は動きの完成度を高める事くらいでしょうか。 少年部では、 【元気があってのびのびと大きく動けているか。】 が見られますので、本来ははそれで充分なのですが、最近の子供たちの中には良い変化が見られています。 以前の道場では、審査前に「審査で自分は合格できると思う人!手を上げて!」と問いますと、 ほとんど全員が自信たっぷりに手を上げていました。 しかし、今回は違います。 みんな、今の自分に納得が行っていないようで手を上げません。 それもそのはずで、実は技のレベルと言うか、合気道のレベルを上げた稽古をしています。 子供たちも、時にはアタフタしたり、上手く出来ず困惑したりしています。 私も、そんな姿を見ていると心苦しく(子供だから・・・。)と妥協してしまいたくなるのですが、それをしてしまうと子供たちの今までの頑張りが水の泡になってしまいます。 心を鬼にして。 「できるか」「できないか。」 「するか」「しないか。」 子供たちも、私も、今が踏ん張り時です。 以前は、新しい技を教えようとすると、「先生~!できません~!」と、頭から諦めていた子供たちだったのが。 今では「先生!分かんないから教えてください!」 そんなやり取りにまで進歩しました。 これからの長い人生の中で、人それぞれ踏ん張り時が必ずあります。 闇雲に踏ん張ろうとすれば、どうしても負担が大きくなるし心が重くなります。 ある意味それは、この先の道を示す分岐点でもあり、何もせずして諦めるのか、それとも屈せずに立ち向かうのか。 決めるのは他ならぬ自分自身で、 心を少しだけ強く持ってもうひとつ踏ん張れば、その時(自分は頑張れた。)と思います。 昇級審査が、習い事の行事染みた物 ではなく、 子供たちの成長への一端になってくれたらと願っています。

筋力と自信と胆力。

皆さんは「腕力にものを言わせて」とか、「筋力が衰えた」などの言葉をご存じだと思います。 そんな筋力。 歩いたり走ったり重いものを持ち上げたり、子供でしたら鉄棒にぶら下がったりと、人間はその場で必要な筋力で動くのは当たり前なのですが。 そんな筋力は、 全身を 同時にフル活用 する動作にも関わりがあります。 そして、この【同時進行させる全筋力】を最も必要とされているのが 武道です。 (え?合気道には筋力は関係ないでしょ?) そう思われそうですよね。(笑) 私の場合は元々格闘技出身でしたのでガッチリ系ですし、基礎腕力が普通より高めですので 合気道の一般稽古でも、「腕力」優先のように思われそうですし、たまにそのような事を高段者の方に 言われる事があります。(笑) 見た目の先入観から来ることですし仕方ないのですが、 そもそも、いままでやってきた柔道でも空手でも、試合などでもそうなのですが、実は腕力だけで動く動作は一切無ありませんし、それだけでは試合には勝てません。 合気道ではどうなるのかと言いますと、 鍛えた 全筋力 をフルに使った技は強烈になります。 勿論、ガッチガチに力むのは逆効果ですが、スピードやバネのような特化させる鍛えた全筋力で放つ技は、 受ける側の反応や受け身レベルが低いと確実にその人は怪我をします。 当身も受け切れないと思います。 ところが、合気道ではその全筋力 についての説明がほとんどありません。 (合気道には 力 はいらない。)=(筋 力 は必要ない。)と思われてしまいますよね。 そこがリアリティー有無から生まれる認識度と、教え方、学びに来る人達の(どこまでやりたいか?)の温度差なのだろうと思います。 では、少年部についてですが、まず本人達に同じように(どこまでやりたいのか?)と聞いています。 低学年は別ですが、まず全員が【本当の合気道を学びたい!】と答えます。(笑) 何でもアリなら私の出番なのでしょうが、とは言え流石に子供たちには安全性も考慮しなければいけませんし、これから成長して行く時期なので体に負担になるような無理はさせれません。 しかし、子供たちが本当の武道を学びたいと思っているのでしたら、踊りのような嘘の合気道も教える訳にもいきません。 嘘を教えてしまうと、子供たちには【過信】しか生まれないからです。 過去、別道場でも様々な子供達を見てきましたが、...

所作

 最近の子供たちは、「こんにちは!」と元気に挨拶してくれます。 その一言で(よし!今日も子供たちのために頑張ろう!)と仕事の疲れも吹っ飛び、清々しい気持ちにしてくれてます。 本当に有難い事です。 私には、とても大切にしている事があります。 合気道のみならず武道には「礼に始まり礼に終わる。」と言うものがありまして、所謂、(礼節を重んじる。)を自分の理念としています。 つい先日、少年部に来てくれる高校生が、そんな挨拶についての質問をして来ました。 「先生方には挨拶した方がいいのですか?」 「普通はそうでしょ。」と即答ぜず少し考えました。 自分の普通と他人の普通の違いなのだろうと思います。 実は一般部などでも挨拶などは、(さらり)としていまして、どちらかが挨拶すれば返す程度でしかしていません。 大人同士はそんな感じですし、挨拶をする事も相手に押し付けるものでもないので、したりしなかったりと、そんな感じです。 (稽古中の礼はします。) しかし私は、一般部の稽古に来られる会員の皆さんに対し、上下関係無しになるべく私の方から挨拶と声掛けをして回っています。 昔からそれが自分のスタンスですし、礼儀と言うか普通にそうしてます。 願わくば、その高校生にもそうですが、これからの子供たちには是非学んで欲しい流儀でもあります。 そもそも挨拶・礼儀なのですが、相手に感謝の気持ちを伝えられる力、人を尊重し物を大切に できる力、規律を守れる力、と大切な要素を含んでいます。 これは皆さんもご存じかと思います。 礼節なくして武道無し。 これは私の考えなのですが、何故かと言いますと、挨拶は相手に対する【所作】になりますが、礼儀のスタートである所作は武道にも大きな繋がりがあります。 少年部では【構え】【残心】を徹底させていまして、この【構え】こそ、実は挨拶と同様【所作】となるのです。 所作をまともにできない動きは、それは武道ではありません。 そして、武道を学ぶ者の意義(稽古中だけ所作を気を付ければ良いが、しかし日頃の生活の中ではそんな事は気にしない。)なども変な話です。 こんな感じで「礼節と武道は切っても切れない間柄で、常日頃から礼節を弁えている人こそ武道家なんだよ。」と本人に説きました。 その答えに、高校生もそこで初めて納得したようです。 子供の頃は、先生に「元気に挨拶しましょう!」と言われ、...

頭で動く。体で動く。武道の心髄はどちら?

型を学ぶなら体感で学べ。 考えで型を追い求めず。 全て学び、全て忘れる。 そして、拘りを捨て独自のやり方を見つける。 これは、私が昔から弟子に教えていた【守・破・離】の原則です。 ようは、【形に嵌るな。】そんな意味です。 合気道と言うか、全ての武道に共通しているのですが、 【頭で動く】のではなく【体で動く】と前回書きましたが、 体で動く?についての疑問について、今回はもう少し深く掘り下げて進めて行きましょう。 その前にまず、脳のシステムなのですが動きには2種類あります。 遅くて意識的に努力しないと働いてくれない、熟慮的な思考プロセスを担当する 。 【システム1】 素早く自動的でしかも無意識的に働く、直観的な思考プロセスを生み出す。 【システム2】 真新しい事や未経験な事をしようとすると、脳はそのデーターを分析して、そこから各部位に(どのように動け!)と指示を出します。 これが 【システム1】 です。 このやり取りは、実際には視覚・聴覚などから脳に信号を送り、脳からの指示に体の タイムラグが生じます。 それが【頭で動く】と言う事になります。 では、例えば 熱いものをさわった時に「熱っ!?」手を引っ込めたりしますよね。 これは(屈曲反射)と言いまして、 手足や体幹の感覚情報は脳に行く前に脊髄を通る 【 体で動く】=【システム2】 になります。 これがを使うのが【防御反射】と言います。 そして、通勤や通学の慣れた道を歩く場合、頭で(次は左折しないと!)考えながら歩きません。 【無意識に動く。】 これがそうです。 簡単にまとめますと、稽古でする技の動作など日常ではしませんが身体の動き自体を 習慣化のように工夫し、脳の システム2 を上手く使えるように稽古に落とし込めば 俊敏さとか反応の良さは日常の動作にも影響して来ます。 俊敏さや反応の良さは、体と脳のレーダーが通常の人より早く入るように準備していますので 体に無駄な動きをさせません。 いつも物静かで落ち着いている人が、実は結構それに属します。 私が稽古で子供達に教えようとする意図はここにあります。 子供の今うちは活発で元気で良いのです。 素直で活発な精神はいずれポジティブ思考に繋がり、大人になり 【凛とした姿】 になって欲しい願いでもあります。 勿論、個人差もありますので100%とは言えませんが、正しい道筋を学びそこまで行...

武道・武術に対するリアリティー。

 最近のニュースで、若い女性が白昼堂々と自宅前で殺傷されるという痛ましい事件がありました。 九州でも同じようなストーカー殺傷事件がありました。 ストーカーなどの被害者の方々は何度も警察に相談をしていますが、警察は事件にならないと動けませんので、相手に対して注意勧告くらいしかできないのが現状です。 異例で接近禁止命令などもありますが、理性の制御ができなくなった若者が「はい!分かりました!二度としません!」と、その場では言っても実際に素直に従って改心するとも限りません。 大きな過ちを犯してしまっても、ゲームのように人生を【リセット】できるとでも思っているのでしょうか、何とも嘆かわしい事が最近目立つ御時勢です。 対する被害者側ですが、過去に怖い経験をされた人や、いじめや暴力に対し弱い立場の人達が、そんな時に自分の身を守るためにと考えて行くと、防犯グッズもそうですが、他にも「武道をやってみようかな・・・。」などの選択肢があったりします。 いきなり打撃系はちょっと怖いイメージでしょうし、そんな時の手頃な護身術の代名詞として上がるひとつに合気道がありますよね。 では、今回はその武道に対してのリアリティーについて書いてみようと思います。 事件など多発している現状に対してのブログですので、少々ディープな内容になりますがご容赦ください。 合気道の理想は、 争う事を無にする 事を主体としています。 襲って来た相手と戦うのでは無く、相手の攻撃を静止させる、所謂、相手を制圧する。 私も実戦からの利害性を知っていますので、確かに相手の戦意喪失を促すのには、合気道は特化している武道と思います。 ですので、 熟練すれば 非常に役立つ体術だと思っています。 *1)しかし、そのようなリアリティーを追及する人も居れば、健康の為や運動目的とする人も居て、そんな様々な人達が混合して来ていますので、目的や認識に温度差もあります。 ちょっと難しい話になりますが例を上げます。 合気道には〔短刀取り〕と言う護身術的な技もあり、相手が刃物で襲って来た時の対抗策です。 しかし、実際の稽古では木製の短刀を使ってやりますので失敗しても刺さりませんし、殆ど怖くもありません。 そんな延長線で 木製の短刀に対してだけ限定 で上手く捌けたとしても、実はそれは動きの練習でしかなく、実は刃物に対する恐怖心を打ち消す訓練には繋...

後編:螺旋の動き。そしてそこから生まれるもの。

 合気道は螺旋のようなものでして、その中心点で瞬時に技を掛け、回りながら縦横無尽螺に動けなければいけない。前回そのように書きました。 何か、とても合気道は難しそうに思いますよね。 でも、実はひとつひとつ分析していきますと、理論的にはそんなに難しくはありません。 色々な要素が含まれている合気道ですが、その中のひとつ【螺旋の動き】について書いてみようと思います。 簡単に例えるならば「手のひらをひるがえす。」ような事でして、腕を目の前で直角にしてみてください。 大きく開いた手のひらを「クルッ!」翻せばお分かりいただけるかと思います。 手を回転させた単純な動き、(え?こんな事なの?)と思われそうですね。(笑) この動作を体全体で行うのが、体術で言う螺旋の動きみたいなものです。 ただし。 腕と手に比べて、体全体では動く部位が沢山ありますので、脳伝導的にも誤作動が起こりやすいと言う意味で難しいのですね。 以前に書きました自由技と言う練習方法を20本するとします。 連続して違う技をしようとしますので(次はこの技をしよう・・・。)(次はこれをしないと!あわわ・・・・。)と、色々頭で考えながらしてしまいます。 その本数が増えて行くと、考え過ぎてしまって動きが堅くなったり止まったり、それが【ぎこちない動き】になってしまいます。 そんな時、私は「何も考えず(笑)」と教えるのですが、中々皆さん難しいようです。 では、これを滑らかにする為にはどうすれば良いのかと言いますと。 まず第一歩は 「姿勢」 です。 私も稽古では、「膝!」とか「はい!下を見ない!!」「腰しぃー!!!」と、よく子供たちに檄を飛ばしています。(笑)  正座にも厳しいのは、実は、 (体軸が大切なんだよ。) と、その意図があっての事なのですね。 正しい姿勢を 無意識にキープ できるようになれば、それが 自然体 になって行きます。 そこから、稽古で学んだ技は頭で覚えるのではなく、 体で覚えて行きます。 その動作の繰り返しは、いずれ 【凛とした美しい姿】 に辿り着くのです。 ちなみに余談ですが、この螺旋の動き、 合気道特有 と思われそうですよね。 例えば、空手を対象に上げますと、(空手は直線的な動き。)と、螺旋とは無縁と思われそうですが、いえいえ、空手も螺旋の動きです。(笑) 殆どの武道やスポーツなどの【螺旋の動】き、その...

合気道でLvアップ!

子供たちに技をしてもらう際、動きを「大きく大きく!」と教え、技を掛ける時にも「いち!に!さん!」とテンポ良く数えさせながらやらせます。 そして体軸をしっかりさせる為に、基本動作は前後の「縦」だけの反復でさせてます。 実は、合気道の本筋なのですが、子供たちに教えているような大きな動きでも、(1・2・3)のテンポでもありませんし、前後のような縦だけの動きではありません。 「え?」と思われそうですね。(笑) ちょっと難しい言い方ですが、合気道は【螺旋】のようなものでして、その中心点で瞬時に技を掛け、回りながら縦横無尽螺に動けなければいけません。 (何故、そのようにしなければいけないのか?については、いずれブログにします。) ですので稽古では、上記のような合気道の本筋を説明などに加えた指導が支流ですし、(合気道はこんな武道です。)と、それを教えたがります。 しかし少年部では「初めからそのような難しい事は教えないように。」と、前から言及しています。 私は子供たちに(合気道の稽古は、ゲームの攻略みたいなものだよ。)と言ってますし、実際の稽古も、「はい!ここがダンジョンの入口です!(笑)」とか冗談を言ったり、「そろそろLvアップするよ~!」よくそんなキーワードを使います。 多分、指導員の中でそんな事を言うのは私くらいだけでしょうね。(笑) 「ゲーム?」と遊び感覚は如何なものかと、本筋から外れた遠回りな考え方のように思う人も居るかも知れませんね。 しかし子供たちには、これが(面白そう!)と思ってもらえる方法だと思っていますので、いきなり本筋のような難しい事の前に、まずは、子供たちが取っつき易い環境作りが先決だと思っています。 幸い、その環境作りの効果も良い方向へ進んだようです。 現状の子供たちの中には、そろそろ本筋も教えて良い時期でもあります。 稽古中にも「最終的にはこんな感じが理想ですよ。」と、応用したその動きを増やしてます。 実は先日、そのような意図で見せた動きに対し、1人の子供から「先生!私たちに教えてるのと違う!」と指摘されました。(笑) 基本の形動作と応用の動作は、見た目が違いますので当然そうなるのですが、その差を疑問に思い指摘してきたのも、見て学ぼうとする姿勢ですし(しっかり見ているんだなぁ~・・。)とビックリで感心もしました。 一方的な指導ではなく、皆が一緒に参加する...

子供たちの可能性は無限大。

 年に一度の、各道場が集う演武会も無事終了しました。 子供たちの一生懸命な姿を、微笑ましく見守る事もできましたし、少年部演武を観ていた他道場の知り合いの指導員からも、元気な子供たちに対しお褒め頂き、とても誇らしく安堵できました。 実は、少年部の演武項目なのですが、本来は個人の級レベルに合わせて技を決めます。 しかし今回の演武は級レベル関係無く、有段者がするような技や、大人でも難しい技もさせています。(笑) 日頃の稽古でも、級に合わせ基本中の基本で簡単な技を教え、進級によって技を一つづつ増やして行くような感じの指導を普通はします。 以前の少年部でも【初級】【中級】【上級】とクラス分けしていて、クラス別に1指導員が付いて教えていました。 一見、合理的な稽古方法に見えますが、実は、ここには大きな欠点があるとも思っていたのですが、簡単に言いますと、初級の子供が中級のレベルに上がる審査をする際に、当然今まで【初級】でのレベルの技しかしていませんので、【中級】の技を新たに覚えるのに時間が掛かり、指導員によっては教える事が違う場合もあり子供たちも困惑したりして所謂ムラが生じます。 そんな時の子供たちは、大体嫌がります。 私が少年部の指導要領を受け持つ事になった際、まず改正したのがここです。 クラス分けを廃止し、全体一律の稽古にしました。 勿論、入会したばかりの子供には、まず正しい正座や受け身など、今までしていなかったような運動を別稽古で徐々に慣れてもらうようにしています。 その時期をクリアすれば、即、他の子供たちと一緒に稽古してもらいます。 子供たちの中には、覚えが早い・遅い、器用・不器用など勿論ありますし、年齢的にも段階を経た稽古をしなければいけませんが、まず子供たちの興味や向上心を引き出す事を念頭に置くべきだと私は思っています。 時には、級が上の子に下の子供と組ませてあげる事により本人に任せ教えさせます。 実はこの「教える」行為は本人の上達に大い役立ちます。 (教える為には自分がしっかりしなければいけない!)と稽古に望む姿勢が格段に上がりますし、そこから責任感というものが芽生えます。 そして、みんなで同じ技をまずさせて、上手く出来なかったり失敗すれば、(もう一度!)と、全体が一体になる事を繰り返す事で、チャレンジ精神や仲間意識も向上します。 この改善した稽古方法で、以...

感謝の心。

  私の空手時代の話を少し。 当時も今と同じように少年部や一般の指導をしていたのですが、大規模の空手流派でしたので稽古中は それはもう昔から厳格なルールで固められていました。 例えば、 礼を欠かす行為があった時点で即 退場させられたり、稽古をする事も見ることも許されず 道場の片隅で後ろを向いたまま終わるまで正座をさせたり、弟子の方 からの発言は一切タブーで、師から何か言われた際のみ「押忍!」での返事しかできません。 内心は厳し過ぎるかなとは思う時もありましたが、道場には50~80人くらい居ましたので統率を取らなければいけません。 では、合気道の話になりますが、少年部に至っては流石にそこまで厳しくはしていません。(笑) 厳格な雰囲気な武道道場と理想を掲げると切りがありませんし、基本楽しく、そこは気楽な感じでも良いと思います。 但し、やはり武道の道場として【礼に始まり礼に終わる。】最低限のマナーは、そこは守らせるべきとも思います。 本来であれば、道場に入場す前に一礼、先生が居た時は真っ先に挨拶、そして同じ仲間達へ挨拶、稽古が終われば「ありがとうございます。」と一礼などなど、それが暗黙のルールで理想なのですが、残念ながらまだまだ全体には浸透されてないのも確かです。 挨拶なども強制でやらせると「やらされている感」で、自発的にしなければ意味がありませんし、以前にも書きましたが、現代の子供たちは我々の子供の頃とは感性が違います。 もう一つ理由がありまして、実は一般会員でもそのような礼儀は殆どできていません。 (大人ができていないのに、何故、僕たち(私たち)がしないといけないの?) 子供たちから思えば、当然そうなります。 中には、例え有段者でも言動が相手に対し失礼極まりない人も居ます。 (合気道で何を学んできたの?)と、私でさえも憤りを感じます。 大人になると生活環境で人格形成が既に出来上がってしまいますし、その手の人は自分では気が付いていない場合が殆どですので仕方無いのですが、道場内と言うより最低限の人間同士の礼儀を弁えるべきで、【我】を発散したけれは稽古外でしてもらいたいものです。 「仕方ない。」との話になりましたが、では子供たちにもそれで済ませるのか?となりますが、決して同じような【我】が先行するような無礼な大人にはなって欲しくありません。 保護者の皆さまも同じ考え...

今と昔の子供たちの違い。

現代の子どもたち室内で遊びが中心で、 外で走り回る時間はぐっと減ってきているようですね。 「うちの子、体力ないな」と気づくことも少なくないのだとか。 自宅のみならず、幼稚園や保育園で他の子とのかかわりをみて気づくパターンもあるようですが、体力以外に遊び方にも課題があるようです。 【昔】 鬼ごっこ、木登り、縄跳び、だるまさん、馬飛び、ビー玉、メンコ、駆けっこ、etc. 性別の違ったグループ。 自然が相手なので時には すりむいたり怪我をしたりする。 子供たち主体で遊び、 大人の出る幕はありませんでした。 【今】 MMO、オンライン・ゲームなどの室内での遊び。 少人数(同性、同年齢)での遊びが台頭。 空想世界なので痛みを感じる場面がありません。 プレイ時間や内容も大人がコントロールしなければなりません。 改めて比較すると、 これだけ違います。 そして学校での 学習指導要領も昔と違いますので改善されたりしましたが、同様に課題も指摘されています。 例えば、子供に「自由にしなさい。」と言うとします。 現代の子供たちにそれを言うと、【 思考がフリーズ】 してしまう傾向が見られるそうです。 そういえば【思考のフリーズ】についてですが、私の職場でもZ世代~の若者にも似たような傾向が見られます。 長期休暇があるとき、「休み中何をするの?」の質問に対し、「ん~・・・。特に・・・。」と言った感じの答えが返ってきます。 「 よし!釣りに行こう!そのためにアレをしてコレをして!」と計画を立ててワクワクしたものですが、そんな温度差も感じます。 合気道の稽古でも上記の内容に類似している面があります。 私が今の道場に来た頃の少年部では 【自由技】の稽古をやっていませんでした。 【自由技】というのは、1人が大体2~30本連続で技をして、それを全員一丸でローテーションする練習方法で【 日頃の稽古の結果】を本人に自由に技をさせることにより【自分がどこまで覚えていて、どこまで応用できるか?】と確認できる 上で非常に大切な練習方法です。 実際に子供たちに初めて自由技をさせてみますと、上記にある例のようにフリーズ状態でまったく動けず アタフタしていました。 しかしこれは子供たちが悪いわけではありません。 指導側の責任で、単調に合気道の技だけを教えることは簡単ですが、結局は「それだけ」なのです。 我々指導員は、保...

合気道の技と苦手意識。

合気道の技は、およそ2000~3000種類あると言われいます。 膨大な数がありますが、実際は大体20種類が基本になりますのでそこまではしません。(笑) そんな合気道の稽古では、まず指導員が模範となる技を見せて、その技を「真似る」事から始まります。 そして、それを何度も何度も繰り返します。 一回の稽古時間にも限りもありますので、人によっては説明が長過ぎたり、自分の技を延々と見せていたりと、学ぶ側の「真似る」時間を割いてしまう場合があります。 特に子供たち(少年部)では、この指導方法ではよろしくありません。 例えば、国語の授業があるとします。 黒板に「合気道」と書いて「ここはこうでハネはこう書いて~・・・。」と先生が長々延々と説明したり書いているところを見せるだけで、そこから真っ新なノートに「さぁ同じように書きなさい!」といきなり言っているようなものです。 合気道少年部の稽古を国語の授業に例えましたが、まずは筆や鉛筆の持ち方や書き方をチェックし、そこから点線が書いてあるノートを用意してあげること。 そしてその点線を「なぞってみましょう。」からさせるのが、子供たちには適切な稽古方法だと思います。 勉強なども苦手意識があったりすると嫌がりますし、難しい事ばかり長々と言って分からせようとする稽古も嫌がります。 時にはゲーム感覚だったり面白さを体感させてあげる創意工夫も必要ですし、真似る・動く事をさせる事によって、子供たちは「学ぶ」と同時に「慣れる」事になります。 「苦手意識」を無くす方法は、まずは慣れる事、そして慣れる為にはどうすればよいか?と工夫する。そんな繰り返しが子供たちの成長にも繋がって行くのではないでしょうか。 なぞってなぞって繰り返して鉛筆がどんどん減っていくように、道着もボロボロになっていくのが良い稽古が出来ている証拠なのだと私は思います。

子供たちと私たちの関係性。

以前も書きましたが、 少年部の稽古では基本楽しく、のびのびと動いてもらえるように指導をしています。 そして、力いっぱい元気良く!特に男の子は、大きな声で「エイ!」と掛け声をかけさしたり、その繰り返しで、日頃使わない体の部分を鍛える事もできますし(発声)呼吸器官にも刺激を与えてくれます。 そして、合気道の技を受ける側も若干痛みを伴いますので体の耐久性も上がってきます。 子供たちにとっては良い事尽くしの合気道ですが、我々指導員には決して間違えてはいけない注意点もあります。 成長期に合わせた指導方法がとても大切で、所謂、大人と同じような稽古方法では子供たちの体にも精神的にも過剰な負荷が掛かり逆効果になりかねません。 逆に、何でもかんでも「子供だから・・・。」と配慮ばかりでも、今度は中途半端な稽古内容になってしまいます。 子供たちの中には、身体能力や理解能力がとても高い子も居ますので、その特化した能力を引き出す手助けもしてあげれることも理想です。 少年部の指導者は人体構造の熟知や個々の能力を見定めるスキルがとても必要になり、特に成長期の子供たちには需要になってきますし、やり方を間違えると先々大変な事になります。 例え合気道ベテランで技を豊富に知っていても、それだけではダメと言う事なんですね。 そして、子供たちに稽古を飽きさせない工夫も必要で、時には冗談を言ったり、話を聞いてあげたりする事も非常に大切だと思います。 小さな子供に対し、立ったまま見下ろし一方的にしゃべるような大人ではいけません。 自分も屈んで目線を合わせて話す。 当たり前の事なのですが、以外にもそれができない大人も少なくないんですね。 子供たちにとって我々は一期一会であり、保護者様達の願いに応えれるような、合気道のベテランの前に人生観のベテランにならなければいけないと常に思っています。